2023年6月14日の「ワールド極限ミステリー」で、下半身がつながった双子ベトちゃんドクちゃんが取り上げられます。
ベトちゃんドクちゃんの分離手術はどんなものだったのか、日本人執刀医は誰だったのかを調べてみることにしました。
- ベトちゃんドクちゃんの障がいの原因は?
- ベトちゃんドクちゃんの状態は?
- ベトちゃんドクちゃんの分離手術とは?
- 日本人執刀医は誰?
- 現在のベトちゃんドクちゃん
今回はベトちゃんドクちゃんについて調べます。
ベトちゃんドクちゃんの障がいの原因は?
二人がくっついて生まれてきたのは、1961年から始まったベトナム戦争で米軍が使った枯葉剤が原因です。
枯葉剤は除草剤の一種で、アメリカの植物学者が生み出しました。
ベトナム戦争は、北部を共産主義のソ連、南部をアメリカが支配し、北と南が争ったものです。
アメリカ軍は核兵器を使うとソ連に核兵器を使われてアメリカ人が死ぬかもしれないと考え、代わりに枯葉剤を「除草して伝染病を防ぐ」と表向きの理由をつけてダイオキシンを含めて250万リットルを蒔きました。
その被害は現在も続いており、先天性障害を持つ人数はベトナムだけで100万人に上ります。
帰還したアメリカ兵士の孫から先天性障害のある子供が生まれることもあり、アメリカ政府はダイオキシン駆除を
し、2019年にはベトナムの障害者に対する支援を表明しています。
ベトちゃんドクちゃんの状態は?
ベトちゃんドクちゃんは、枯葉剤が大量に散布されたベトナム中部高原のコントゥム省で1981年2月25日に生まれました。
お母さんのフエさんは、終戦後枯葉剤が撒かれた地域に引っ越し、農業を始めていました。また、そこにあった井戸からの水を飲んでいたといいます。
双子は、腹部と生殖器、肛門部分がつながっており、2本の脚と1本の短い脚がついていました。
1988年にベトちゃんが急性脳症になり、意識不明になりました。二人とも死ぬことがないように、分離手術をすることになりました。
ベトちゃんドクちゃんの分離手術
1988年10月4日にホーチミンのツーズー病院で、ベトナム人医者70人と日本赤十字社の医師4人によって分離手術が行われました。
この手術の前には、日本に二人を送り、治療を受けさせたが、ベトちゃんは脳症のため植物状態になっており、また治療時にベトちゃんの大脳皮質を損傷し、後遺症が残ってしまいました。
ベトちゃんはいつ緊急事態が起きるかわからず、日本が高度な医療技術や設備を提供して、17時間に及ぶ手術が行われました。
手術の問題点
まず、重なって使用している器官をドクちゃんに移譲してしまうか、二人でそれぞれ半分ずつに分けるか討論が行われました。
また、レントゲン検査では腎臓が一つしか写っていなかったため、二人が腎臓を共有している場合は、二人を助けることが難しいと結論が出ていました。
討論の結果、もし二人が腎臓を共有していた場合、ベトちゃんを犠牲にしてドクちゃんを助けることになりました。
最終的に日本で撮影されたMRIの結果、それぞれ腎臓を持っていることが判明し、骨盤を分割することになりました。
二人を模したマネキン人形が作られ、医師たちは手術のシュミレーションをしました。すると、手術室の扉から二人を中に入れることができないことが判明して、それを直させたりもしました。
手術の結果
- ベトには左足、ドクには右足がそれぞれ残された。ドクには日本から義足が提供された。
- 2人をつないでいる肛門と生殖器をベトさん側に約2.5cm多く残して全て分離した
ベトちゃんドクちゃんの手術を担当した日本人執刀医は誰?
日本赤十字の医師4人ということがわかっているだけで、その名前は分かりませんでした。
この手術について詳しい内容を見ることができる人であればどの医師が手術に助力したのかわかると思います。
ベトナムの医師に花を持たせたような感じで、あえて名前を出していないような感じを受けました。
現在のベトちゃんドクちゃん
手術の後、二人は驚くべき速さで回復し、ベトちゃんは植物状態でしたが、ツーズー産婦人科病院の助けを得ながら手術後19年間生き、26歳の時に腎不全と肺炎のため亡くなりました。
ドクちゃんは、中学校に入学しましたが中退し、職業学校でコンピュータープログラミングを学び、ツーズー病院の事務員となりました。
ドクちゃんはボランティアも行っていました。そのボランティアで知り合った専門学校生のグエンさんと結婚し、兄のベトを引き取り亡くなるまで世話をしました。
ドクちゃんは日本語も少しできるということです。
2009年10月25日、ドクの妻グエンさんが男女の双子を出産しました。それぞれ桜と富士にちなみ、グエン・フー・シー(阮富士)とグエン・アイン・ダオ(阮櫻桃)と名付けられました。
2017年4月からは、広島国際大学で客員教授として年に数回講義をしています。
ドクちゃんは、コロナの際にはマスクを日本に寄贈したり、ベトナムを訪問した上皇陛下と面会するなど日本とのつながりは続いています。
現在、ドクちゃんは、ホーチミン市人民委員会の 日越友好協会の委員となり、市の外交委員を担当しています。
まとめ
今回は下半身がつながったまま誕生した双子のベトちゃんドクちゃんについて調べました。
- ベトちゃんが脳症になり、分離手術が行われた
- 分離手術はベトナム人医師70人、日本人医師4人で行われた
- 日本赤十字が助力した
- ベトちゃんは手術後19年生きて亡くなった
- ドクちゃんは現在も日本と深いつながりを持っている
- ドクちゃんの双子の子供の名前は富士と桜を下に名付けられた
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